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短編『もふもふ怪獣』

 景色がひしゃげて、くしゃくしゃの「く」がこちらに飛び出してくる。と思うと、景色は白いもふもふに覆われた。世界はもふもふ怪獣によって制圧された。

「ちょっと、どいてったら」
「むすん」

 犬と違って猫はきままにやるらしいから、手がかからないのだと早合点してわたしはもふ公を飼うことにした。猫に目がなくなったというのは文字通りのようで、わたしは本に読んだことをすっかり失念していた。つまり、猫はきままなので、本の上に乗るのだ。
 本に鎮座ましますもふ公に丁重にお引き取り願い、わたしは交換条件にふとももを差し出した。ご満足いただけたようである。本に戻る。
 爪こそ立てなかったが、彼の爪痕は深刻だ。流浪の貴族はへんてこな田舎訛りで喋るようになったし、小麦のパンは暴落した。皺の寄ったページ。それをめくると急に視界が開けてき、爪痕は過去に挟まった。
 冬には猫が暖かくていい。猫のほうは心地いいところを見つけるのが巧いというが、わたしにとって暖かいのならば、彼にとっては寒いのではないか。それとも母性や愛情というのを感じ取って、恩寵を受けさせてもらっているのだろうか。
 猫を飼う前と後で、主従の役割は自分の中で下剋上をしたようだ。つまり、もふ公はもふ様となり、わたしはわたくしめとなった。


 夜になり、都会に慣れなおした貴族は森の家に辿り着いた。斧や切株は出てこなかったから、きっとこの家主は隠遁したのだ。貴族は木でできたノッカーを叩き、ノッカーは軽快な音を鳴らした。ドアを開くと、東洋であれば仙人と呼ばれるくらいひげをたくわえた、いかにもなおじいさんが出てきた。

 『ここに小麦のパンがあるのですが、スープをお恵みくださらないか』
 『おはいりなさい』

 本の多い家に入っていく。余裕を携えたまま、仙人は賢者の姿になっていく。

 『本が好きでね、こうして色々読むのだよ。本を読むのは愉快だ。どこへだっていける。わたしはこれで旅人になったつもりだったが、ある時きみのようなほんとうの旅人に会いたいと思ってね、こんな物語みたいな家に住んでいる。きみは、その一人目の客人だ』
 『道理で新しい家だと思いましたにゃ』
 貴族が突然猫っぽくなってきた。物語に無計画な新規路線が拓かれ、天井は崩れた。


 気が付くと、もふ公はうにゃうにゃ言いながら柱で爪とぎをしている。くすんだ古傷は破られて黄色い木の芯が見えていたが、もふもふ怪獣に急所を突かれても柱は柱のままだった。天井はまだ落ちていない。

 「だめだよもふ公、怒られちゃうよ」
 「うにゃあご」

 天井は落ちていなくても、賃貸だからわたしに雷が落ちる。今度は「つめとぎきりかぶ」にお引き取り願おうかと思ったが、お気に召さなかったようである。飛び降りて、毛並みを整え始めた。時計は十二時を過ぎて少しだ。炊飯ジャーのスイッチをいれようとしたがふと気が変わって、パンを持ってきて調理台に置いた。明日はどんなスープを作ろうかな……。
 ふとんをかぶると、もふもふ怪獣はわたしの上でとぐろを巻き、尻尾をだらりと下ろした。

 

 「おやすみもふ公」

 

 かちり。景色はまっくらになった。

 

***

 

うーん。隠し味をやろうとしたら薄味になってしまいました。

 

灯りと称した一連の掌編をやることにしました。所謂ラクガキというやつで、書いていればそのうち上手くなるんじゃねくらいの意図です。

とりあえず流行りのカクヨムにも出す予定ですが、あそこはラノベな層が多いし巧い人が多いのでこわひ。

 

そんな感じです。