習慣づくりも得意不得意

新しい習慣をはじめようかなってときに、いつどのようにはじめるのかわからないばっかりに、今は疲れてて万全じゃないからいーやとか延期していたら結局実行せずに熱が冷めた、みたいな生活を送っています。わたしはわたしというやつをそれなりにやっているので、これくらいの手綱なら握ることができるだろうと高をくくっていました。

どうすればいいんだろう、という文です。

 

 

突然あたらしい習慣なんて言い始めましたが、何をはじめようとしたかっていうと、ピアノを弾いてみたいなあと思って、その練習に時間を費やしてみようと思ったのです。インターネットや図書館に参考資料はゴロゴロ転がっているし、我が家の電子ピアノをくさらせるのも嫌だったので、ヒマなときにポロポロまともな曲を弾けたら、と思ったのが始まりです。

 

イザはじめてみようと思うと、今は疲れてるから、今は気分じゃないから、そもそもピアノを素通りしてパソコンやら個人的に再燃しているゲームキューブやらをはじめてしまったり、いつになってもピアノにさわることもなく。だんだん自己嫌悪に変わってきて、いい加減耐えられなくなったところでピアノに触ったんですけど、それこそ、『気分じゃない』『万全じゃない』んですよね。思うようにいかないまま、しかしその思うようにいかないのは、触るチャンスはいくらでもあったのに自分が動かなかったからだと、そう思うようになりました。

実際のところ、こうやって『やらなきゃ感』が蓄積してしまってこんな風に思うようになったわけですから、この事態を導いたのは自分ですけど、『悪いこと』…自己嫌悪するほどのことではなくて、ただ事実として『やらなかった』だけなのですが、そういう自分の中のやらなきゃ感がたまってるときは、どうもそういうところまで頭が回りません。こういうの気にしがちなんですよね。

先も言った通り、自分というものとはそれなりに長くやってきているので、きっぱり諦めることにして、アマガミをワンプレイすれば記憶は薄れてきます。たまに波のように思い出す時期というのはやってくるんですけど、そのときにはさっきのように『悪い』、まあ悪いんですけど、自分が悪いにしても『この世の許すべきでない絶対悪』というほどではないと思えるので、なんとかやりすごせます。

 

ふと思ったのですけれど、趣味をはじめるための努力というものをあまりしてこなかったのがいけないのかしらん。趣味が習慣になるくらいまで、時間になったらアラームを鳴らしてみたり、作業中は音楽を聴くようにして音楽を聴くと作業したくなるようにしてみたり、いろいろやってみたら変わるんじゃないかしら、と思ったのです。

ゲームやパソコンをする癖は、なんでもなくてもついうっかり目の前に立ってしまって、ついうっかり電源をつけるのが習慣になっているからだと思うのですが、目立ってほかにやることもないし、十年以上同じことをやっているからそうなったんだと思います。つまり『部屋に入った』ということへの条件反射が『ゲームやパソコン』になっているんじゃねーかなと。

勉強が習慣でないひとは、まず机に座るところから、とかとりあえず本を開くようにする、とか初歩的なところからはじめろっていうのはあります。これというのはつまり、部屋に入ったら机に座る、机に座ったら本を開く、本を開いたらふでばこを…という条件反射を覚えさせるためにやってるんじゃないかしら。多分アスリートや勉強家は、起きた条件反射、朝ごはんを食べた条件反射が、スポーツや勉強になっているんじゃないかしら。

 

たくさんの趣味を持っていて、ウクレレができると思ったらサッカーもできてスキーもできるみたいな万能選手がいますが、彼らは条件反射の覚えこませ方がうまいのかもしれません。新しいものを前にして怖いのではなく、むしろ新しいものを前にすると、やってしまう条件反射になっているのかもしれませんけども。わたしの近くには、そういう人はあまりいませんが、探して聞いてみたらコツがあるかもしれませんね。

で、その『コツがわからないから万全じゃない』と言って回避する時代がやってきたわけです。…ちょっと習慣づくりは苦手なのかもしれない。