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ケの日毎日、ああもうケケケ

Thinking

ものを覚えるときって、毎日同じことを続けるしかないよねみたいな話です。

 

ものを覚えて、しかもそれを後々取り出して使うようなのは私は苦手です。英語の参考書を開いて5-6個文法を覚えてくれみたいなのだったら、一個一個何回も読んでみたり書いてみたり使ってみたりたりたり根性に訴えかければソラで使えるようになりましょうが、それがまるまる参考書一冊をさっさとやらなきゃいけなかったりするときに、全部にそれをやっていると時間が足りません。なので、大事な部分だけは根性で、あまり出なそうな部分は少し回数を減らして…と工夫しています。根性ではない暗記を私はしりません。いわゆるマーカーでなぞると覚える族ではないので、効率こそ悪いですが努力でカバーです。

ただ、こういう暗記は一日にして覚えることはできませんで、たとえ昨日一時間ガーッとやっても今日には半壊とかザラにあったりするわけで、明日には全壊とかもザラ、ザラ、ザラにあったりするわけです。こういう意味で、朝に一回、夜まで待ってから一回やって、また次の日まで置いてもう一回やって…と時間を置くのが記憶のミソだそうですが、というかレミニセンス*1とかエビングハウス曲線*2のことを考えるとそうする他はないのが、非サヴァンには与えられていないような気さえするのですが、それが面倒なわけで。

面倒というよりも、一度睡眠をかますと覚えたことの楽しさを覚えておらず、そもそも覚えていないことを覚えていないのでもう一回練習するところまで立てません。山ほど覚えた日の次の日なんてのは、記憶は半壊、練習リストは満杯、その重圧に作業効率は減退と、そもそもその日さらに覚えるのを阻害して、己の無才能が明後日の方向にぶっとんでパワプロサクセスで天才型出るまでリセマラするかみたいな逃げをかましちゃうのん。ああ怠惰、怠惰。

 

マーカー一発覚える族をはじめ、見た瞬間微分方程式解けちゃう族とか、無限次元空間頭の中にある族、平安時代の字読めちゃう族のように、スカっとする一芸があるとそんな怠惰も吹き飛ばせるくらいの刺激があったりするわけですが、そうでない人ってとにかくふつーのことばっかりやるもので、平坦で代わり映えしない大地を己の足のみで歩くだけなんですね。個人的には、景色に変化がある伊豆近辺みたいな地形が良かった。隣の芝は青すぎた。別にふつーのことをするしかないのはわかっていないわけではなく、それをすることもまたふつーのことなので、むしろどうとも思っていないのですが、飽きがやってくるときはどうしたもんかねと思うわけです。あんまりにも平坦なので、たまにやってくる山やら海やらにやたら感動するのはいい所ではあるのですが、なんかもう。ああ。ああ。言葉にできねい。

 

 

桜庭一樹氏『GOSICK』の久城一弥くんみたいな日本人スピリッツはストイックでなんともカッコいいと感じますが、彼のスタンスも無才能でものごとを習得するにはこの手しかなかろうという具合で、泥臭くて、もはやずっと同じ泥の匂いなので鼻がバカになってくれちゃうくらい毎日、ずっと、同じことの繰り返しで、至極ふつーのことを積み重ねます。努力も才能といわれるのはきっとこのあたりで、さっぱりつまらないことをいかに継続し続けるのか、というのは確かに才能の域やもしれませんね。もはや問題を対処しているとき、最大の敵は己の精神であって、問題は二の次くらいな心持。もはやマラソンランナーです。しかも記憶力は年齢とともに減っていくわけで、減れば減るほどその泥具合も増しますし。ああ。もう。ああ。

 

もうちょっと、記憶ってやつが付き合いやすくなってくれりゃいいのにな、と思ってこのあたりをうろちょろとしているので、現状のレベルで見える景色を書き残しておきます。

*1:覚えた直後より覚えている現象

*2:忘却曲線とも。ある期間でどれくらい記憶がぼんやりするのかグラフ

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