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ナワバリバトルでつかまえて

「僕のやる仕事はね、誰でもガチマ勝ちたいと成長中から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえることなんだ――つまり、ガチ勢たちはガチマしてるときに自分の累計の勝率なんて見やしないだろう。連敗が続いたときに僕は、イカスツリーから、さっととび出して行って、そのプレイヤーをつかまえてやらなきゃならないんだ。一日じゅう、それだけをやればいいんだな。ガチマ勝ちたいと成長中のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ。馬鹿げてることは知ってるよ。でも、ほんとになりたいものといったら、それしかないね。馬鹿げてることは知ってるけどさ」

ナーワバリ・バトルフィールド語る

 

最近うまくいかねえな、というところで思いついた、スプラトゥーン哲学、といった味付けの一品です。このページを開いた時点で十中八九スプラトゥーンプレイヤーでしょうが、そうじゃなくてもだいたいの意図は通じ…る…?よくわかりません。

またいつもの通り、べらぼーに長いですので、要点だけまとめますと、強さが欲しいとき、強くないことについて落ち込むべきではない、ということです。

 

わたしは強くありません。試射会*1わかばシューター*2をいじってからというもの、発売してすぐにスプラトゥーンを買い、浮気したといえば最初期に流行していた武器である52ガロンと金モデ*3の派閥の宣伝文句に負けて、金モデをそれなりに使ったのと、わかばは弱いんじゃないかとチキってガチマッチではスシコラ*4を使っていたくらいの話であって、それでもわかばシューターをしこたま使い続け、塗り面積が70万を超えたあたりでウデマエSになり、S+になる間際でスシコラから直線番長たるZAPに乗り換えて晴れてS+となり、以来放置してなまったのか、復帰後には結局Sに戻っています。

プレイをはじめた当初は、バシャバシャインクをかけて三分でスパっと勝負が決まるというところに惹かれ、楽しく遊んでいたものですが、カードゲームをはじめた子が友達のがきんちょたちをやっつけられるくらい上手くなると味を占めてカードショップの大会を目指すのと一緒で、わたしも強くなってみたいなあとナワバリバトルからガチマッチに住処を移していき、ガチマッチのためにゲームを起動するようになってはじめて、勝率をずいぶん気にするようになりました。思えば、SなりかけとかS+なりかけの、次勝てばウデマエがあがるところで負けると大損、というのにリスキーな魅力を感じるようになっていたのです。だんだん自分に自信がついてくると、最強プレイヤーを目指すようになってきます。勝つために服などの装備であるギアの研究や、戦術の研究を始めました。このころからでしょうか?自分の強さと相手の強さが肩を並べたあたりからうまく勝てなくなり、負けることが大きなストレスになっていったのです。

 

強くなるために、負けたときのくやしさなんかの、試合の結果を悪くしそうな感情をできる限りシャットアウトするべく、ないしは、単純にクサって、ガチマッチをやめ、息抜きをすることが増えていきました。その息抜きでさえ、他の人のプレイ動画を眺めたりの研究の時間に回し、装備品を余念なく調べ上げ、自分が試合でやるべきことは何なのかを考え、ようやくスプラトゥーンのスの字がたとえ『酢の物』のスだったとしても拒否反応を示すくらいへばったところで、日常生活に戻って他のことをし、また活力がわいたらゲームの前に舞い戻るのです。

『子供がやるゲームでしょ?』と思うかもしれませんが、まさにその子供、まだ小学生くらいの子供でも、『パパ』や『ママ』という名前の、人生において歴戦の勇士たるプレイヤーだって大勢参戦しているのに、バッサバッサと敵をなぎ倒していくのです。大人も子供もごった煮になれる娯楽としてのゲームである傍ら、全力で競い合って、それぞれ強さを磨いていく様は、スポーツの様相。さしずめわたしたちはアスリートなわけで、全国でボタンひとつで開催される『地区大会』に飛び込み飛び込み、己をいじめぬき、鍛え上げるのです。

アスリートにはスランプが訪れるように、だんだんと勝てなくなっていきます。勝てなくなってくると、自信がだんだんとゆらいでき、ひとつの疑念が生まれます。『自分はまったく、弱いのではないのか?』という疑念は、だんだんと体を蝕み、それがまた負けを生み、『このゲームをやる価値なんてあるのだろうか』などふつふつと湧き上がって、だんだん疑念が確信に変わると、『引退』の二文字が見えてくるのです。ゲームをやめるとか、つまんないから売るとか、そういう次元でなく、挫折し、苦みが口いっぱいに広がり、果てに引退を口にするのです。

わたしは勝負事をあまりしたことがないので、付け加えれば『あしたのジョー』などのスポ根な作品もあまりなじみがなかったので、そういう挫折を前にしてどうしていいかわからず、ただただ肥大する絶望を前に、しかしなおも食らいつき、S+に這い上がります。S+という強さは、物陰から顔を出せば0.1秒の暇もなくやられ、物音を立てれば逃げる前に背中を取られ、弾の当てがたい武器を確実に当ててくる、戦場と言うべき殺伐とした世界なのです。そう感じたにもかかわらず、S+でも弱い部類のプレイヤーだというのです。今からすれば、それまでのプレイが甘かっただけなのですが、ぺんぺん草ひとつ残らぬほど激しい、洗練されすぎた戦いを前にして、ここまででも相当の努力をしたのに、まだ、あれ以上の努力をしなければいけないのか……。残ったのは強者の一角に、S+になったという興奮冷めやらぬ疲れ切った体と、やけに冷たい絶望のみでした。

一度はそこで挫折したものの、復帰した時にはゲーム中最高難易度とされる武器、H3リールガンシリーズをひっさげ、Sにウデマエを落としながらも、楽しく遊べるようになりました。絶望はすっかり身をひそめ、元のインクをバシャバシャとやる楽しいゲームに戻ったのです。しかし、それも長くは続きません。眼前にはS+。蘇る刺激的な緊張感。気分は高揚し、獅子奮迅、勝つための戦いを、勝つための調整を、またはじめました。しかしどうしても、いずれは連敗するのです。百発百中を相当の反応速度でこなせようと、相手の動きを読もうと、何も得られないような連敗をするのです。

 

このとき、ふと、ナワバリバトルに目が行きました。ルールは簡単。あの手この手で、ステージを自分のチームに色を塗りたくり、より多く塗ったほうが勝ち。相手の強さも自分と同じか、少し強弱があるくらい。自分のウデマエがSなら、AからS+くらいからチームが抽選されますから、格上と対峙しつつ、格下とうまく連携する必要があります。なにより、ランダムな要素が多いので、勝敗も時の運。

格上が対戦相手にいるので、自分は強いという慢心も、格下が味方にいるので自分は弱いという羞恥心さえも、適度に削がれていく。なにより楽しい。勝ち負けは気にしなくなっていき、だんだんとプレイの楽しさ、それからうまくなる楽しさのほうまで思い出していく。もちろん勝負自体は持てる力を持っている分だけ使うわけですから、なまることもあまりない。

息抜きするにしても、あれやろうこれやろうとか、やりたいことへの熱意とか、単純に技術面がなまったり、頭でっかちになりすぎて戦術がぎこちなくなったり、体力の回復以外の微妙な弊害があるわけです。さっぱり疲れたならさておき、負けた時に息抜きしたくなる理由のほとんどはストレスなのです。普段の息抜きはナワバリバトルでやればいい、本当に疲れてから今までの他のことをする息抜きをすればいい。

ストレスだけを抜き去り、強さはほぼ据え置き。そんな息抜きが、ゲームモード選択画面でいつも選んでいたもののすぐ下にあった。まさに灯台下暗し、盲点であったのでした。

 

そう考えてみると、ではどうしてS+の連中が強いのかというのにも合点がいきました。わたしが負の感情を少なからず抱え、多くの気づくべきポイント、生存数を把握して取れる戦術を考えたり、視野を広げてみたり、音を聞いてみたりといったものが見えなくなっている所を、彼らは勘所をつかみ、練習していたのでしょう。同時にいろいろなことを考えることが必要なのですが、そういう要領の良さ、というよりも慣れ、が予断なく実行された結果なのでしょう。

もちろん、それを踏まえてさえどうしたらこんなに強くなるんだという連中がいますが、そういうのは大概、戦場たるガチマッチでさえ精神力を削ることのない、相当のタフネスか、ガチマッチを面白がれる人間、あるいは、本当に多くのことが同時にこなせる頭脳、何十手先を読む力なんかを持っています。最後のはどうにもならないとしても、タフネスや楽しさなんてのは、いくらだって伸ばせます。そういうのは受け流しの技術とか、感受性の問題ですから、練習次第、といえるでしょう。

 

かくして、現在、結局強いと呼べるほどではないにしろ、楽しくやっているわけです。ええ、結局わたしは、タフネスよりも楽しめる方を伸ばすことにしました。というか、それも含めて大リーグボール矯正ギプス(H3リールガン)を愛機にしているわけです。これは『当てられれば』強い武器に属するので、撃ち合いにおいて、当たれば勝ち、外せば負けなのです。この博打感がたまらないのと、うまく当てられさえすれば他を引き離す強さを秘めた武器なのとで、面白いかなあと。

 

ですが、考えるべきことがあります。どうしたって、楽しめもしない、耐えられもしない、頭のキャパシティじゃ足りやしないことが起こる可能性はあるのです。相手が己を凌駕して、何も得られないような惨敗をしてしまったら、そのときわたしは何を考えればいいのか。連敗してS+がSに、SがA+に落っこちたなんてのもあるのです。

答えは人それぞれでしょう。ひとつ言えるのは、その考えることのリストに『勝負は時の運』の文字を連ねておきさえすれば、あまり深く考え込まず、次の戦いで得るものを得て、あとで強くなってからその答えが見えてくるのを構えていればいいということです。

 

 

ということで、ガチマッチで負けすぎたら、勝敗重視主義になりすぎて挫折する前に、ナワバリバトルはどうでしょうか?という内容の話でした。

で、実際のところは、息抜きをするなら目標から遠くなく、しかし目標のところからいったん外れてするべきで、時には目標を考えないほうがいいよ、ということをゲームから学んだ、という文を書きたかったのです。やりたいこととはずいぶん逸れたのでどんな風になったかは読んだ人とその時代の判断に任せます。

そんな感じ。

*1:試写会と試射の造語と思われる。発売前の体験版

*2:初期武器。当てやすいけどちょっと弱い

*3:プロモデラーRG。略称のとおり金色

*4:スプラシューターコラボ。M4A1カービンみたいなの。本作の強武器