2016年ゲームの旅

ゲームの趣味はわりと『おめでた』な性質です。任信なのにやりこみが好きです。こう、ローンチタイトルのラインナップが好きというか、ファンシーなのが好きというか、昔からこればっかやってたので馴染み深いというか、なんとなーく。

でも、周りの人の『好き』とは少し違うらしくて、全クリとか未クリアとかじゃあなくて、満足するまでなりきったらおしまい。ゲームの世界を旅する、といえば近いんでしょうか。そういう楽しみ方の話。

 

 

戦わなければ、勝ちもないけれども負けもない。当然といえば、当然。勝ち負けという世界の旅はもう終わり、次の別の世界に行けばいいや。そう思って、まったく競わないことをしてみました。どうぶつの森とか。案外、自分は凝り性だったらしく、毎日たぬきちの店に行っては花を植えを繰り返して花畑を作ってみたり、家具の配置を考えるのに唸ったり。

勝った負けたの世界から出ていこうとするときは、こんな世界に行くなんてそれこそ負けたようなもんだと思っていましたが、勝ち負けですさむ心を癒やすためという用意しておいた言い訳なんて使うこともなく、勝ち負けのない世界にすっかり馴染んだのです。村をキレイにして『高嶺の花』という白い花が芽を吹いたり、貯金がかなり溜まった記念にと模型をもらったり、イベントのある日は村長さんのところへ行ってみたり。ふむ、これも面白いもんだ。変に、卑屈にならないことです。羽根を伸ばすというのは、そういうもとの世界のことさえ全部忘れて、新しいことをすべて受け入れる、これがいいんでしょうね。

しかして、飽きもくるもので、また勝ち負けの風が吹いてくるとすぐになびいて、わたしはスプラトゥーンへ舞い戻っていきます。村の手入れをしなくなるので、また雑草が増えてしまうなあと心配になるものですが、それもまた、都合よく忘れて。最高にイカしたやつを目指すイカちゃんになるわけです。ああ、なりきり、といってもゲームやってる最中に男のケツ眺めるのはガマンならないほうです。かといってネカマしてるわけでもないのですけど。

 

次は、ゼルダの伝説の新作が出た頃に、その冒険の世界へ行くつもりです。ブレスオブワイルド、すごいですよね。ロールプレイってなりきりですけど、任天堂らしいファンシーさが残っていてもリアルはここまで来たのかと。自然の息吹というサブタイトルがこうまで名前負けしないようになったもんなのかと。

そのときは、きっと尻尾を巻いて逃げ、雑草を抜いていないという二重の罪悪感が迫ってくるような気もしますが。そうやって、好き放題、世界を旅して回るというのは、出会うと同時に、別れるものなのだから、後ろ髪は剃っておくくらいしたっていいじゃない。切り替えがちゃきちゃきできたほうが、幾分かお得な気がしています。

 

はじめは、別れるのがヘタだったので、全部クリアーするまで抜け出せませんでしたけれども、最近は未練がましくもなく色々を楽しめるようになりました。今度は全部クリアーするだけの忍耐力のほうがなくなってきてしまって、それはそれでソンな気もしているくらいで。

もっと楽しみたければ、きっと忍耐力と別れを同時に使えるように、器用になるべきなのでしょう。もっと楽しみたい、その時が来たら、今度は使い分けるのを練習すればいいのかな、と思っています。