学ぶことの意義と、見て学ぶ

浅はかだったから、ある問題が大きな壁に見えて、悩みの種に見えてしまうことがある。そういう想像力を養うために、勉強というものをしているのではないかと思うようになった。

 

エモーショナルディスクロージャ、つまり悩み事は書いてみようという話がある。書くというのも難しくて、自分が思っていることの全体ではなく、ポリゴンみたいに、気にならない部分をごまかすような体になってしまう。

アルキメデスが円周率を求めるために96角形を使って考えたように、たくさんの言葉を使えれば考えたいことをくっきり書けるだろうし、補助線のないすっきりした輪郭になるだろう。この意味で勉強というのは、下手の考え休むに似たり、車輪の再発明を阻止するために、くっきりさせるのがうまい他人から技を盗もうとすることだともいえる。

自分で考えるのも面白いが、見て学べるのもまた面白い。