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答えがないなんてない

Thinking

答えがないということは、考えついたことのすべてが答えか、あるいは考えられる手が膨大すぎて安易に答えが見つからないということを、簡単に言ったのだと思う。

正直によりよい答えを追うことは、よっぽど興味があって、苦も無くて、時間的、金銭的、肉体的、あらゆる制約に余裕があるんなら、好きにやればいいんじゃない?という言葉だ。

つまり、不毛、無謀だと言いたいのだ。

 

限界というものの設定は人それぞれだが、限界が来た、やめた、というのは諦めだという事実は平等だろう。諦めを嫌って、ついでに諦めないことが栄光につながると思っている連中にとって、多分その発言はたきつけているのと変わらない。もしやめたとして、彼らの中に失敗の二文字が色濃く残る。

失敗なんて通過儀礼だし、諦めることも手段の一つだが、まあそれで本人が良いというなら、やらせてみたほうがいいだろう。間接的に手を下したことになるよりは。引き留めるというのは安全そうに見えて、走る人間を抱きとめるようなことで、とても強い衝撃がどこかしらに起こるので、かなり肝の太さ、懐の深さを要求される。

……はずなんだが、無責任にこいつを乱射している人をよく見る。数行上のわたしみたいに。

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