読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

決断についていくつかの考察

Thinking

どっちとも選び難い問題を考えていたら思いついたことがあったので、書きます。
また2000文字とか書いているので要約すると、「どっちがいいかわかんなきゃ、どっちでもいいのさ」みたいな内容です。

少し前にも似たようなことを書いたかもしれません。「さては痴呆だなオメー」とかご一報くださると反省して別の記事書きますのでどうぞよろしく。

 

 


全知全能でなければ本当の意味での損得勘定は達成できません。
たとえば、こういう問題。バナナが欲しいとします。コンビニAではバナナが300円で売られている。スーパーBではバナナが100円で売られている。安いと嬉しいとして、どこに行きます?こういうとき、距離の違いからガソリン代を割り出すとか、そもそもこの問いには場所が語られていないことを考慮に入れた人はいるでしょうか?まだ語られていないだけで、マダガスカル在住という設定があった場合、そのへんのジャングルに入ればタダです。でも知りようがありません。与えられた設定からは、スーパーに行くか、機転を利かせてスーパーまでの距離を聞くかくらいでしょう。『ジャングル住んでますか?』なんて質問が飛び出るやつはウミガメのスープのやりすぎ(褒め言葉)。

 

では、すべてを知ることは可能でしょうか。では試しに、図書館に行ってみると良いです。たくさん本がありますが、読むのにかなり時間がかかりそうですよね。これでも全世界から見れば豆つぶみたいなものなわけです。そもそも地球規模で見ればまだ豆つぶで済むかもしれませんが、全宇宙を知る必要があるならば?全知全能もまた、達成できそうにありません。

 

できるだけ多くの判断材料を持つことで、多少なりとも損得勘定の精度を上げることができるはずですが、これもまた屁理屈があって、収集に時間がかかりすぎたら寿命が先に来てしまうとか。自分の興味の赴くままやるなど、スピードを上げることはできるんですけれど。相対的に考えれば、つまり、隣の家の人と比べるとかに変えてやるとこの問題はまだ解決できるようになります。全宇宙に対する反抗声明から、お隣さんとのかけっこになるわけですから。同様に、比較対象を自分に向けてみてもいいです。とりあえず、自分はどう思うのだろう?と考えてみるのも。深層心理を基準にしたければ、コイントスで決めてみて、その結果に「えーっ!」とか「いいねぇ」とかの自分のぽっと出の感想を使ってみるとか。この手の話には、まだ十分な灯りがともされていません。もしかすると、自分でも誰かでも宇宙でもない価値基準が存在するのかもしれませんし、もはや善悪などという尺度ではないのかもしれません。

 

これらの話は、損得勘定以外にも、すべての比較するものに対して広げて言うことができます。比較そのものに大きな価値を見出すことは、果てしない時間をかけて戦うことになりますから、その点を留意して自己責任において、ということを言うことになります。こういう思考を重ねて、人は石橋を渡れるだろうと認識しつつ、叩くことさえできなくなっていきます。あまり考えすぎると勢いを失ってしまうということに気付いたとして、体が動かなくなったその時にはすでにもう遅いわけです。トンチを利かせてここまで思いついたとして、手遅れになるのを恐れて考える以外の手がなければ、同じようにそこで立ち止まることとなります。考えるということは弾丸にしろ、銀の弾丸ではありませんから、鉛の壁のブ厚さに『多少』気を付けるべきです。

 

では、あまりよく知らないことについて、損得勘定をしなければならないときについて考えてみましょう。
たとえば、こういう問題。バナナが欲しいとします。コンビニAではバナナが300円で売られている。スーパーBではバナナが100円で売られている。どちらかしか選べないとして、それらの距離がわからないものとします。安いと嬉しいとして、どこに行きます?
こういうとき、近くの人に立替えでスーパーに行ってきてもらうというのはどうでしょう。こうすれば、自分は一切時間的コストをかけずに済み、立替えなので万が一スーパーにただならぬ危険が充満していたとしても、自分の損失はありません。駄賃を出せとせがまれるかもしれませんが、そこは人選です。
先駆者に意見を仰ぐとか、本を読むとかいうのはこういうことです。全知全能ではないので完全性はありませんが、少なくとも自分の判断よりはマシな判断を狙うことができます。もちろん、知識を得るという立場で言うとするならば、という話にすぎませんが。

 

自分がそのような有識者然としたい場合でも、先駆者に意見を仰いでみるというのは悪い手ではありませんが、火薬がシケる助言をしやがってくれる人もいます。まあその人はこちらのことを慮ってそうしたにしろ、鉛ダマぶっぱなしたいときに火薬がシケられても困りますから、いきなり真に受けてはいけません。地下にこもっていて、ハンティングに出ようと覚悟を決め、玄関を出たら雨だったのなら、覚悟を決めたという大義名分を一旦しまってもよいはずですし、それができなかったとしてもビニールに銃とシリカゲルを入れて出発するくらいのことをしたほうがよいはずです。考えるだけの猶予と余裕を持てるように気を付けたほうがいいかもしれませんね。

ほんとうにどうしようもなくどうでもいいとき、つまり、今日はコメかパンかどっちを食うかみたいな問題に、時間がかからないほうが良いだろうと思うときはあるでしょう。そういうときに、わたしはコイントス易経か――といってもこの類には詳しくないのでなんともいえませんが――を使っています。参考になれば。


さも高級品のようにお店を広げてみましたが、なにかひとつでも面白い発見ができたらなあと思います。
そんな感じです。

広告を非表示にする