インターネット哀歌

久々にもすかうを見て思ったことを書きます。

わたしは幼少期にこういった動画ばかり見ていましたのですけど、好みが変わってしまったのか、懐かしいなあとは思うものの取り立てて見るわけではなくなりました。

おもしろおかしく暮らしていたのに空虚に感じるのはなぜでしょうか?友達と遊んで落とし穴に落としたとか、そういった話を友人から聞くと面白いなあとは思うのですが、彼らと同じく面白く過ごしたのに、どうして充実していなかったと感じるのですか?

 

もうなんか悲しい流れなので、このまま悲しい話をしますね。

昔話の話題なぞするとき、引き出しがカラッポなので友達がいなかったことで自虐するしかありません。正直迷惑かなあとは思うのですが、かといってそれしかないので何とも言えません。

やさしい方々は友達になってやるでみたいな感じではあるものの、そもそもずっと家の中だけで過ごしてしまうと、いざ友人が出来ても何をしたらいいかわからずにアア…ってなってしまいやすいのと、そもそもいなくて困ったためしがないので、中途半端な笑みを浮かべてしまいますよね。

この世にあることさえ知らないわけです。友達と居たらどれだけ楽しかったかとか。そこまでの間に人の輪の中にちゃんと居られたわけではなかったし、辛いことも多かったので、いまさらどうこうするわけではありません。

ただここにあるのは諦観というか、空虚と言うか、なんとも言えないものばかりです。

 

まあ他人をそこまで必要としないというだけでなくて、自分の努力不足という点も反省すべきでしょうね。

自分は勉強がそこそこ得意だったので、小さい時分にはそこそこ尊敬とかライバルの存在とかいろいろあったのですが、ある時からガツガツ勉強すると奇異の視線というか、勉強の成果が役立つのが「あいつが手上げすぎてこっちは何もできないんだよね~」みたいな誰かの出来ない理由にされる程度でしかなくなりました。自分勝手で他人を不快にさせていたのが衝撃的で、勉強をやめてしまいました。何かを頑張っても何にもなるまいという感覚はここから芽生えたような気がします。(勉強は知的好奇心でするもののはずなので、いっそこうなるほうが自然な気はする)

なにかに熟達しようとすると、それなりに消耗するわけで、そういうタイミングを狙ってこうしたことを思い出してはコケるわけです。

 

まあ色々重なって、取柄があるわけでもなく、話さえ面白くないというわけなのですが、どうするんでしょうね、これから。

今となっては、こうやって人のせいにするか、無才を嘆くか、ただぼうっと見られる動画を見てたまにこうしたことを思い出すかくらいしかできません。

ニートの歌を聞いて笑っていたのが、笑いごとでなくなってきました。うんこ製造機です。元気です。

 

こういうことを思うときはたいてい疲れているので、早々に寝るべきですね。でした。さようなら。